Posting on 10 Mar. 2015「南三陸 ホテル観洋」からの眺望は屈指の絶景である。青碧の世界が一面を支配し、聞こえてくるのは風と戯れるウミネコの声だけだ。養殖棚が整然と並ぶ波ひとつない水面、しかしこの美しく静寂に包まれた光景からどうして恐ろしい津波を想像できようか。

3月11日に先立ち、南三陸から気仙沼にかけて被災箇所を訪問し犠牲者への献奏を行なってきた。強固な岩壁に建ち、巨大な津波にも耐えた「南三陸 ホテル観洋」では震災以降、地元の高齢者を対象に館内の温泉を定期的に無料開放している。女将・阿部さんのその心意気に共感を覚えた僕は、ぜひそこに来館される地元町民に人知れず演奏を届けたいと願い、また復興支援のひとかけらとして宿泊もした。

明け方ふいに目が覚める。日の出と共に海に向けて献奏を行なうべきだと強く感じた。志津川湾に昇る陽は決して燦々と輝くものではなく、どこまでも深く哀しい光である。4年前、この海に呑まれていった方々の無念さは計り知れず、ここに遺る魂はこの日もきっとこの朝陽を見ていたに違いない。

その日、震災遺構、仮設も含む各商店、気仙沼・面瀬の仮設住宅、そして復興マルシェなどを廻った。ヴァイオリンの音に触れ、なかには涙する被災者も居られる。どれ程の思いで今日まで過ごしてこられたのか、その涙の重みを僕らは真摯に受け止めなければならない。だから3/11の前後だけに限って、世間で震災のことが話題にあげられることに疑問を感じる。復興支援の意識が益々遠のき、“風化”が現実問題となっているなか「時間が経つ毎に厳しい現実を感じる」「一番の支援はここに足を運んでくれることです」と被災地の方々は訴える。また、同一の仮設住宅でありながら新しく家を建てられる家庭と、これからも仮設での暮らしを続けなければならない家庭との格差も深刻である。

祭壇が祀られている南三陸町防災対策庁舎での献奏直後、まるで海に引きずり込まれるかの如く凄まじい風が吹き荒んだ。亡き人々の魂がなにかを伝えようとしているのだろうか、完全復興と呼べる日が来るまで僕たちはいつも心のどこかに震災のことを留め置かねばならない。いま一度そのことを噛みしめ、明日3/11再びいくつかの場所で献奏を行なう。