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福島から南相馬へ向かうルート上に飯舘村がある。何度見てもいたたまれないのは、放射性物質の入った黒い大型土嚢袋が、村を通り過ぎるあいだ絶え間なく、住人の居ない民家の庭先にまで高く積まれている光景だ。山裾にも黒い袋の大群は目に入いる。紅葉が見頃に近く、本来ならばたくさんの人達に楽しまれる美しい景観のはずだ。
そんな現実を目の当たりにする気持ちを、今回も一気に吹っ飛ばしてくれたのは幼稚園児だった。子ども達が部屋の中で無邪気に走り回る姿は、大人達に喝を入れてくれる。知っている曲であれば大きな声で歌う南相馬や郡山の園児、景気の良い曲には自然に手拍子を入れる会津若松の中学生は、音楽を聴いて少しでも多く楽しみを感じようと積極的だ。終了後はいつもながら園児達とのハイタッチに加え、南相馬の幼稚園では思いがけず一緒に合奏も出来て嬉しかった。
この幼稚園は元々90名居た園児が震災直後は11名となり、現在ようやく37名にまで戻ってきたそうだ。せめて震災前に近い状態に戻ることが出来るのはいつの日だろうか。被災地の幼稚園児や小・中学生、高校生は一番元気で多感な時期を厳しい環境で生きている。「灯火のつどい」のとおり、連帯を結ぶことの必然性を身体で知る被災地の子ども達と、普通の環境で育つ子ども達との間に、将来意識の差が生まれてしまわないか心配である。
今回の訪問で大きなサポートをしてくれた若き芸術家達、内門卓也君と藤元高輝君に心から感謝いたします。