3.11が近付くにつれ、各新聞のコラムに震災関連記事が多くなってきた。各紙で訴えかけている共通項は、急速な風化への恐れだ。3年という時間を単純に考えれば長いと感じるが、復興に関しては決して一般的な時間の観念で捉えてはならないのだと感じさせられる。この震災について話があがるといつも脳裏に浮かぶのはその日のことだ。そのとき僕は都内のスタジオでサントリーホールのラジオCMの収録を行なっていた。以前、天才と謳われたピアニスト、ギデオン・クラインについて僕はTVドキュメンタリーで案内役となった。彼は第二次大戦中ユダヤ人収容所に送られ、若くして命を落としていった。何の因果か、揺れが始まったのは、クラインの無念さや遺された曲についてCM内で僕なりの思いを語っている最中だった。当然録音は断続的に中断し、成り行きを見守るしかない状況となった。誰もがこれまで経験したことのない非常事態が起きていると直感し、それでもとにかく収録だけは終わらせるべきだという意見から、揺れが続いているなか僕は演奏し始めた。肉親を亡くされた方々や被災された方々とは境遇が違えども、僕にとってもその日を境に様々な事柄が変わってしまった。今年の3.11は、亡くなられた方々への献奏のため、宮城・岩手県内を廻る日となる。数々の問い合わせを戴いておりますが、チャリティー・コンサートは5月、友人の奏者たちと共に演奏いたします。3.11の献奏について、5月のチャリティーに関しては次回報告いたします。
3.11の前後だけではない、どんな時でも復興への願いの「意識」と「実質的な行動」を、現地の方々はこれからも必要としている。